ー物言わぬ施主から家のあり方を学ぶ
東京都心から約1時間。歴史が深く緑豊かな鎌倉の敷地に立つ、設計者の自邸兼アトリエの計画。暮らすのは、30代の夫婦と2匹の猫である。
猫にとって、家は世界だと思う。愛猫から家のあり方を学びたいと考え、“2匹の愛猫”を“2人の施主”に見立てた。2匹の愛猫と暮らしてきた10年間を通して、人間の言葉は話さない、彼らの言葉に耳を傾け、学んだことを設計の手がかりとした。
猫たちからの要望は、大きく分けて3つに分けられた。1つは、その日、その時間で、“好みの温度の層”を選べること。2匹の猫たちは、私たち人間にはわからない微細な高低差によって生じる“温度の層”を感じ取ることができ、1日の中で“好みの温度の層”を選んで行動することを好んだ。2つ目は、“付かず離れずの距離感”で、家族と同じ空間に居られること。2匹の猫たちは、少しだけ自分の身を隠したり、適度な距離を取ったりしつつ、私たち家族と同じ空間で過ごすことを何よりも好んだ。3つ目の要望は、“身の安全を確保できる居場所”を複数持てること。2匹の猫たちは、四季が移り変わるたびに、安心できる場所から場所へ(それぞれの猫がそれぞれの場所へと)気まぐれに移ることを好んだ。
まず私たちは、家全体を、1つの大きなキャットツリーとして設計する方針を定めた。
家全体をひとつの大きな階段と見立て、天窓のある吹抜空間を中心に据え、螺旋状に階段が取り囲む平面計画・断面計画とした。天窓から差し込む自然光が、螺旋状の階段面を1日を通して順に照らしていく。階段の蹴上の寸法は、愛猫の身体の大きさに合わせて設計し、23の床レベルに分割されるスキップフロアの計画とした。家全体が、細かな“温度の層”のストライプに分けられ、私たちの施主はそのストライプ間を移動しながら1日を過ごす。
天窓のある吹抜空間に巻き付くように立ち上がる螺旋状の階段は、どこに居ても視線が通り、家全体を見渡すことができるよう設計した。階段の踏面は900mmを基準寸法とし、猫たちは階下から身を隠したり“付かず離れずの距離感”を確保できる。加えて、そのまま安心して眠ることもできるゆとりある踏面寸法で階段を設計した。階段の構造は、日本伝統の南京玉すだれから着想を得た『レシプロカル構造(相持ち架構)』として設計し、同時に、構造をそのまま現し仕上げとして、アトリウム空間にアクセントを加えている。また、鎌倉特有の、非常に高湿度な環境に応答する設計としても、極端なスキップフロアとして家全体を構成することは合理的である。GLから1mのレベルを基準床レベルに設定し、ベタ基礎と基準床の間を緩衝空間として、外気を導入し、床暖房の温水パイプを敷設して、緩衝空間内で温湿度調整を行う計画とした。
螺旋状の階段のそれぞれのコーナー部には、寝室・客室・アトリエ・キッチン・ダイニング・洗面所を計画し、私たちの施主が四季の移ろいに応じて“気まぐれに居場所を選択できる”よう意図した。本建築は、住まいであると同時に建築家のアトリエでもあるため必然的に来客が多く、不意の来客時に猫たちが身を隠せる小部屋としても各室は機能する。転落防止の目的で吹抜けに対して設けた手すりは、鎌倉の山並みの風景にインスピレーションを得て設計を行い、繊細なステンレスの細工は熟練の鉄工職人の手で施工された。
螺旋状の階段に沿って立ち上がる壁面には、キャンチレバー構造で本棚を設計し、階段を通路としてだけではなく、階段状の書庫として計画した。猫たちにとって階段は、心地よいベッドであるが、私たち人間にとって階段は、気ままに腰掛けられる段差を備えた書庫になる。螺旋状の階段の一部を逆回転の向きに折り返し、その突き当りに猫の目線に合わせた窓を設け、同時に階段の段差を1段だけ人間の椅子の高さに上げて小さな縁側のような空間にするなど、平面・断面方向ともに身体的なストーリーのある計画とした。
加えて、鎌倉の魅力的な風景に対しては、庭・植栽の計画と外観形状の設計によって応答を行った。庭の計画は、大きく2つのゾーンに分けられる。前面道路に面する庭と玄関へ続く“アプローチゾーン”と、ウッドデッキの階段と家庭菜園を含んだ建物背面の高さ1.8mの塀で囲まれた“テラスゾーン”である。
“アプローチゾーン”には、約80品種の植物たちが植えられている。多くの色の組み合わせと調整を行い、色味を徹底的にデザインした。自然豊かな土地であることを鑑みて、敢えて自生している植物の品種は減らし、良い意味で植栽として風景にアクセントを加えるイメージで植栽計画を行った。実際に、近隣住民の方々が庭を見に訪れてくださるなど、心地よい植栽計画になったと考えている。“テラスゾーン”には、約20品種の食べられるハーブが植えられている。香りの良いウッドチップが敷き詰められたフレキシブルな屋外空間で、階段状のウッドデッキに腰掛けて食事を楽しむことなどもできる。
家の形状は、2つのL型のボリュームを、異なる角度で片流れ屋根の形状で立ち上げ、2つのL型ボリューム噛み合わせることで、施工性の良いシンプルな形状でありながら、鎌倉の山々の風景に馴染み、同時に既視感を避ける工夫を行った。また、猫たちが窓に佇む姿は、近隣の風景にも寄与するものであると思う。屋外から見える猫たちの愛らしさが、家の外観の一部、そして風景の一部となるように、窓の位置と高さに関して綿密に設計した。
日本では、猫の飼育数が、子どもの出生数の約10倍となり、総数としても、ペットの数が子どもの数を上回っている。加えて、日本は世界的な高齢化社会であり、アニマルセラピーへの関心も高まっている。建築家の立場から、猫との暮らしに真摯に向き合いたいと考えた。
猫にとって、家は世界だと思う。猫から、家のつくり方を学びたい、と考えた。2匹の猫たちと暮らしてきた10年間を通して、彼らから学んだことを、設計にいかした。猫たちの言葉だけでなく、私たち人間の言葉だけでもなく、異なる言葉が混ざった建築のあり方を目指した。
(建築家 山之内淡)
A Cat Tree House
建築設計:山之内淡(Tan Yamanouchi & AWGL)
構造設計:山脇克彦、平田夢菜(山脇克彦構造設計)
施工:中里聡、小倉雄太(東京建築PLUS)
仕上協力:小嶋真(小嶋工務店)、松井力(赤川塗装店)
植栽計画:重名秀則(SOLSO)
ウッドデッキ・塀:久永昌志、久永睦美(色葉造園)
建築写真:Lamberto Rubino