ある作家の自邸 /
A Japanese Artist’s House

― 日常から数cm浮いているような建築

東京都心部、作家に所縁の深い土地に建つ木造戸建住宅。施主は新進気鋭の作家である。求められたのは、作家の仕事がこの家の中で完結できること。外に向かって開きすぎないコンパクトな住まいであること。何よりも、創作へのインスピレーションを与えてくれる空間であることが求められた。
「日常から数cm浮いているような建築」をつくりたい、と思った。あくまで具体的な日常と接続しつつも、どこかフィクショナルな物語性が介在する、そんな住まいの在り方を目指した。着想のきっかけとなったのは、作家に所縁の深い大地が大きくめくれ上がり、建物が生まる、映画のワンシーンのような映像的なイメージだった。フィクショナルな映像的イメージを大切にしつつ、現代における作家のライフスタイルに対して具体的に住空間を落とし込んでいく、そのような設計方針とした。
まずはじめに、作家に所縁の深い敷地を選定。前面道路に面する西側壁面は、大地がめくれ上がるイメージそのままに、無窓の曲面耐震壁として立ち上げた。曲面耐震壁をくり抜くかたちで、トンネル状のアプローチを計画し、日常から非日常に足を踏み入れる意図を持たせた特徴的なアプローチとした。全体の構成は、奥に細長い敷地形状を最大限に活かす目的で、東側の敷地奥手を三層・西側の前面道路側を二層のスキップフロアとし、スキップする床レベルを一部入れ替え、かつ極端な高低を与えた。敷地北側には、間口1.2m・最大高さ5.5mの光庭を、ヴォリュームをくり抜くかたちで挿入、その他の開口部は可能な限り減らし、家中をアメーバ状に拡がるヴォイドに対して明暗のコントラストを与えた。そこに階段を一直線に通すことで高低・明暗のコントラストの利いたヴォイドの中を、一直線に突っ切っていく、ストーリーのある立体構成とした。階段に沿って立ち上がるのは、高さ6.5mのツーバイエイト材による本棚である。建物構造の一部であると同時に、現代アートコレクターとしての顔も持つ施主による垂直のアートギャラリーとして計画した。
高低・明暗のコントラストの利いたヴォイドは、現代作家の仕事の仕方に対応した”溜まり”をつくっている。現代作家のライフスタイルも、コロナ禍を経てオンライン制作が主となった。従来の作家のアトリエのように、制作アシスタントが一堂に会する姿はもう見られない。代わりに、自邸が打合せの場となり、メディア露出をする際の撮影スタジオの役割を果たすようになった。つまり、現代における作家の仕事は、『1: 創作(閉じる)』『2: 打合せ(部分的に開く)』『3: 取材の受入れ(開く)』に分けられ、それぞれにあったプライベート / パブリックの濃淡が求められる。高低・明暗のコントラストを与えたヴォイドは、コンパクトな住まいの中で、繊細な場所の使い分けを可能にする”溜まり”を住まい手に提供することができる。
「日常から数cm浮いているような建築」、具体的な日常と接しながら、フィクショナルな物語性が介在する建築の在り方。この発想は、同じく作家の士郎正宗が『攻殻機動隊』の中で提唱し、映画をはじめ世界中の物語に多大な影響を与えた”Ghost / ゴースト”という概念を基に発想したものだ。作家に所縁のある大地のGhostが、作家のGhostと共鳴し、建築が生まれる。完全に説明可能な設計が求められる現代において、合理性を突き詰めて考えつつも、大らかな精神性を内包する建築をつくりたい、と思う。今回のプロジェクトにおける設計思想を”Architecture of Ghost”と名付けた。今後も、ひとりの建築家として、”Architecture of Ghost”を探求していきたいと思っている。     (山之内淡、2022年)












type : ARCHITECTURAL DESIGN
program : HOUSING+ ARTIST ATELIER
date : MAY 2020 – SEP 2022
status : COMPLETED
site : TOKYO, JAPAN

credits :
– ARCHITECTURE
ARCHITECT / TAN YAMANOUCHI
STRUCTURAL ENGINEER / YUKO MIHARA
CONSTRASTOR / TAISHIN KENSETSU
PHOTOGRAPHER / KATSUMASA TANAKA

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